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 次週の礼拝, 2010.07.29 Thursday, trackbacks(0), by:K.Yoshioka
【日曜学校】9:00〜10:00
子供たちと一緒に、歌(賛美)を歌ったり、聖書のお話を聴いたり、遊んだり。お父様、お母様方もご一緒にどうぞ♪

【朝拝】10:20〜12:00
旧約聖書箇所:創世記2章15〜25節
新約聖書箇所:ペトロの手紙一3章1〜7節
メッセージ:『 男と女 』 吉岡 契典 牧師
※朝拝の中で聖餐式が行われます。
※礼拝前の10:05〜10:15には、礼拝の中で読まれます信仰問答書を牧師先生が分かり易くショート解説されます。
※次週の礼拝の中で「子供のためのメッセージ」もあります。子供たちを交えて牧師先生が子供たちに向けて分かり易く聖書のショートメッセージをされるのですが、聴いている私たち大人の方もジーンと胸に響いてきます。牧師先生がギターを演奏して大人も子供も一緒に歌(賛美)を歌ったりと楽しい雰囲気ですよ♪
※礼拝後、ホッと一息、茶菓を食べながら団欒のコーヒータイムもございます。

【夕拝】19:00〜20:00
聖書箇所:列王記 上(旧約聖書)21章1〜29節
メッセージ:『 方向転換 』 吉岡 契典 牧師
※夕拝の中で聖餐式が行われます。 
 
 今週のメッセージ, 2010.07.29 Thursday, trackbacks(0), by:K.Yoshioka
創世記2章4〜9節 
「人間とは何か」 吉岡契典牧師
  人間とは何か?私たちは誰であり、何者なのでしょうか?これを知ることは大事なことです。なぜならそれは、私は何者か、私の生きている意味は、私の価値はどこにあるのかということにつながってくるからです。そしてその大事なことを、神様は私たちに知らせてくださいます。
 
今朝お読みした御言葉の中に、人間が何から造られたのかが語られています。2章の7節です。改めてお読みします。「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きるものとなった。」まず最初に分かることは、人間は土の塵から形づくられたということです。人間は土に属する、土の器であるということです。確かに私たちの体は、土に埋めれば土に帰るのです。再び細かい土の塵となって朽ちていくのが、この私たちの体なのです。この私たちは、鉄の器でも、銀の器でもない。土の器であるということを知っているということは、大事なことであろうと思います。けれども神様は、その土の器には、およそ相応しくないような中身を、その器に盛り込んでくださいました。それが、御自身の息です。
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 今週のメッセージ, 2010.07.29 Thursday, trackbacks(0), by:K.Yoshioka
創世記2章1〜3節
「完成と安息」 吉岡契典牧師
 タイガーウッズというプロゴルファーがいます。最近残念なスキャンダルが発覚しましたが、復帰して今全英オープンに出ています。その彼が、スキャンダルが発覚する前のことでしたが、彼が自分の父親について語っている記事を、新聞か何かで読みました。私は今子育てに興味がありますので、タイガーウッズは、いい意味で、どういう風な子育てをされたのかなあと興味があったのですが、私がその時目にしたエピソードでは、タイガーウッズの父親は、タイガーウッズと話をするときには必ず、見ていたテレビを消して、彼の方に向き直って話しを聞いてくれたそうです。彼はその父親の態度を、今でもよく覚えている。その態度から彼は、自分が父親から大切にされ、尊重されていることを感じることができたと、語っていたそうです。彼が言うとおり、良いお父さんだと思います。自分のことを考えてみると、テレビを観ている最中に話しかけられても、私はテレビを消すことはしません。パソコンの画面を除いたまま、手にマウスを持ったまま子どもの呼びかけに答えてしまうこともあります。さすが天才を育てるような父親は違うなあと思いました。そして、これとは全く規模の違う、次元の全く異なる話ですが、この逸話とある部分で似たようなことが、今朝お読みした御言葉の中で起こっているのかもしれないと思います。
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 次週の礼拝, 2010.07.24 Saturday, trackbacks(0), by:ItoTsukushi
 【日曜学校】9:00〜10:00
子供たちと一緒に、歌(賛美)を歌ったり、聖書のお話を聴いたり、遊んだり。
お父様、お母様方もご一緒にどうぞ♪

【朝拝】10:20〜12:00
旧約聖書箇所:創世記2章4〜25節
新約聖書箇所:コリントの信徒への手紙一15章42〜49節
メッセージ:『 人間とは何か 』 吉岡 契典 牧師
※礼拝前の10:05〜10:15には、礼拝の中で読まれます信仰問答書を牧師先生が分かり易くショート解説されます。
※礼拝後、ホッと一息、茶菓を食べながら団欒のコーヒータイムもございます。

【夕拝】25日の夕拝は休会です。
 次週の礼拝, 2010.07.17 Saturday, trackbacks(0), by:K−いち


【日曜学校】9:00〜10:00 子供たちと一緒に、歌(賛美)を歌ったり、聖書のお話を聴いたり、 遊んだり。お父様、お母様方もご一緒にどうぞ♪

【朝拝】10:20〜12:00
旧約聖書箇所:創世記2章1〜14節
新約聖書箇所:ヘブライ人への手紙4章1〜11節
メッセージ:『 完成と安息 』 吉岡 契典 牧師
※礼拝前の10:05〜10:15には、礼拝の中で読まれます信仰問答書を牧師先生が分かり易くショート解説されます。
※次週の礼拝の中で「子供のためのメッセージ」もあります。子供たちを交えて牧師先生が子供たちに向けて分かり易く聖書のショートメッセージをされるのですが、聴いている私たち大人の方もジーンと胸に響いてきます。牧師先生がギターを演奏して大人も子供も一緒に歌(賛美)を歌ったりと楽しい雰囲気ですよ♪
※礼拝後、ホッと一息、茶菓を食べながら団欒のコーヒータイムもございます。

【夕拝】19:00〜20:00
聖書箇所:列王記 上(旧約聖書)20章1〜43節
メッセージ:『 憐れみ深さ 』 吉岡 契典 牧師
※夕拝の中で聖餐式が行われます。
 今週のメッセージ, 2010.07.15 Thursday, trackbacks(0), by:K.Yoshioka
創世記1章1〜31節 
「すべては何のために」 吉岡契典牧師
 

「初めに、神は天地を創造された。」これが聖書の最初の言葉です。「すべては何のために」という説教題をつけましたが、すべてとは、文字通りのすべてです。私と、あなたと、私たちの居るこの地上の世界は、そして天は、どこから来たのか?そして、何のために今あるのか?どういうことの中に、どういう世界の中に、今私たちは生きているのか?これに聖書は答えてくれます。

「初めに、神は天地を創造された。」まず、「初めに」という言葉で、聖書は語り出されています。世界には始まりがある。時間には始まりがある。私たちの時計の針が動き出した瞬間が、この時です。そして初めがあるということは、終わりがあるということです。始まりと終わりがあること。これは大事なことだと思います。終わりがあると思うからスタートラインに立てる。今日も仕事に行ける。出勤できる。無限に続く道、無限に続く夜、無限に続く一日はない。全てのことに初めがあり、終わりがある。その始まりの幕開けは、神様によって為されました。

 「初めに、神は天地を創造された。」創造された。ということも大事なことです。天地は、初めからあったのではありませんでした。何かの偶然でできたようなものでもなく、この天地は、誰がどうやって作ったのか分からないようなものではありませんでした。初めに、神が天地を創造された。この世界は、神様によって創造されてできた。すべてはそこから始まったと、聖書は言うのです。

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 今週のメッセージ, 2010.07.15 Thursday, trackbacks(0), by:K.Yoshioka
 フィリピの信徒への手紙4章15〜23節 
「神を主語にして」 吉岡契典牧師
 今年に入ってから、半年ばかり読み続けて参りましたこのフィリピの信徒への手紙も、今朝のところで完結します。そういうわけで、今朝はこの手紙の結びに、御一緒に目を留めたいと思うのですけれども、そもそもこの手紙は、どういう目的で書かれたのかといいますと、これはひと言で言えば、フィリピ教会への感謝の手紙として、パウロがしたためた手紙です。パウロは沢山の手紙を書いていますけれども、その中には、相手を叱責するような手紙もありますし、論争に立ち向かうような手紙もあります。けれども、このフィリピの信徒への手紙は、数あるパウロの手紙の中でも、喜びの手紙としばしば言われますように、特に明るい手紙でした。それは、フィリピ教会とパウロとの間に、非常に親しい関係があり、パウロはフィリピ教会からの具体的な援助も得てもいたからでした。パウロは今朝の15節で、「もののやり取りでわたしの働きに参加した教会は、あなたがたのほかに一つもありませんでした。」と証言しています。そういう意味で、フィリピ教会とパウロの関係は特別でした。けれども、パウロは直接フィリピに出向いて、礼を言ったり、顔と顔とを合わせて話をすることができませんでした。なぜならパウロは、この時、信仰のために捉えられて、牢屋の中に繋がれていたからです。
 そういう手紙を、ここでパウロは閉じようとしているのですけれども、もし皆さんだったら、こういう手紙の最後に何と書くでしょうか?
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 今週のメッセージ, 2010.07.09 Friday, trackbacks(0), by:K.Yoshioka

フィリピの信徒への手紙4章10〜14節 
「満足することを習う」 吉岡契典牧師
 「満足することを習う」という説教題を掲げましたが、こういう言葉に向き合うと、逆に不満だらけの自分の姿があぶり出されてくるように思います。パウロは今朝の御言葉の11節で、「わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えた。」と語っていますが、それは、私たちにとっては途方もなく難しいことのように感じます。満足よりも、不満足の方に、充足よりも不足の方の感情に、私たちは親しみを感じるからです。

 テレビも新聞も、私たちをして、不足していることに気付かせようと、私たちの不足感を煽り、駆り立ててきます。先週iPadという液晶タイプのパソコンが売り出されました。人々はそれを求めるために、銀座に長い行列を作りました。iPadのために行列を作るのは、これは世界中で起こっていることではなくて、本当に世界でも局部的な、ごくごく一握りの人たちによって為されていることにすぎないのですけれども、コマーシャルの効果によって、ともすれば、それを手にしていないということが、ひとつの重大な不足であるかのように感じられてしまいます。そしてこれに似たようなことは、衣食住の全てにおいて、それから子育てや、趣味やレジャーなど、色々なレベルで、色々な事柄について起こっていて、それが私たちの日常生活を取り囲んでいます。不足感が煽られる。更なる購買意欲へと巧みに先導される。何か、不足を感じないで満足してしまっていてはいけないような、それを許さないような社会です。不満足病という病に囲まれているというか、私たちはそういう不満足の水槽の中に入れられてしまっているような気さえします。そんな中で私たちが聞く今朝の聖書の言葉、「わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。」というこの言葉は、何か悟りを開いた高尚な仙人が発する言葉のように、感じられるのではないでしょうか。

 
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 次週の礼拝, 2010.07.08 Thursday, trackbacks(0), by:K−いち
 【日曜学校】9:00〜10:00
子供たちと一緒に、歌(賛美)を歌ったり、聖書のお話を聴いたり、遊んだり。
お父様、お母様方もご一緒にどうぞ♪

【朝拝】10:20〜12:00
旧約聖書箇所:詩編121編1〜8節
新約聖書箇所:マタイによる福音書7章24〜29節
メッセージ:『 青年よ、今、君の人生を考えてみないか? 』 首藤 正治 牧師
※青年の方に向けての伝道メッセージです。
※礼拝後、茶菓を食べながら団欒のコーヒータイムもございます。 
※夕拝は休会です。
 次週の礼拝, 2010.07.02 Friday, trackbacks(0), by:ItoTsukushi
 【日曜学校】9:00〜10:00
子供たちと一緒に、歌(賛美)を歌ったり、聖書のお話を聴いたり、遊んだり。
お父様、お母様方も、ご一緒にどうぞ♪

【朝拝】10:20〜12:00
旧約聖書箇所:創世記 1章1〜31節
新約聖書箇所:コロサイの信徒への手紙 1章14〜20節
説教:『 すべては何のために? 』 吉岡 契典 牧師
※礼拝後、ホッと一息、茶菓を食べながら団欒のコーヒータイムもございます。

【夕拝】19:00〜20:00
説教:『 励まし 』 吉岡 契典 牧師